ニュージーランド、ファンガヌイ川

ニュージーランドの北東にある全長270kmのファンガヌイ川は、同国で3番目に長い川だ。西海岸に向かって流れる川の大部分は、ファンガヌイ国立公園を横切り、手つかずの原生林の中を、カヌーやカヤックで川下りができる。


年末年始の休暇に、自然の中で過ごせる場所を探していて、たまたま目に留った場所だった。国内の近場で時々カナディアンカヌーに乗っていたので、少し長い川下りをしてみたくなった。

カナディアンは事前にレンタルの予約をしておいた。予定は4、5日。オークランドからファンガヌイへ移動し、町中のスーパーでバーナー用のガスと数日分の食糧を買い込む。

集合場所から車で川辺に向かう。レンタルしたのは、カヌーとオール、ライフジャケット、荷物運搬用のプラスチックの防水バレル。

荷物はすべて密閉式のバレルに詰め込む。日本からの持参品は、テント、寝袋、バーナー、調理道具、着替え、雨具、野鳥を見るための双眼鏡など。カナディアンは荷物をたくさん積めるので、ヒマつぶしのグッズがいろいろ持ち込める。

当時は書道をやっていて、どこに行くにも習字道具を持ち歩いていたため、筆・墨汁・携帯用の硯・半紙などもしっかり詰め込んだ。


上流の出発地点に到着すると、テントサイトが記された案内図をもらい、場所の説明とカヌーの簡単なレクチャーを受けて出発する。

テントを張る場所は途中何か所かあり、自分のペースに応じて好きな場所に上陸する。川は穏やかで両岸には手着かずの自然が広がり、コースはそれを邪魔しないような形で程良く整備されていた。テントサイトの入口には、わかりやすい目印があり、小屋が建てられているところもあった。施設自体は最低限だったが、不便がなかった。人間が手を加える部分のバランスが絶妙で素直に感心した。自然が好きで、商業的に作られた過ぎたものを好まない、かといって前人未踏の場所に入っていくほどサバイバルの技術や経験がない人間には、理想的と言えた。

川はそそり立つ絶壁の合間を緩やかに流れていく。瀬の段差も激しいところはないので、沈する心配もない。カヌーが初めてでも存分に楽しめる場所だった。両岸にはトレッキングコースがあるところもあり、合間に短い山歩きを楽しむこともできた。水温もひんやりする程度でちょうど良く、カヌーを留めては時々バシャバシャと水浴びをした。


何と言っても快適なのは、人がいないこと! 川を進むときも、テントを張るときも、完全に貸切状態だった。

同じコースを同じペースで下っていたのは、地元ニュージーランド人の2人組と、ドイツから来た家族連れのみ。ときどき川辺にカヌーを引っ張り上げて、休んだり、食事をしたりするときに、抜きつ抜かれつしながら挨拶を交わす。たまに人間を見ると、きちんとルート通りに進んでいることがわかり安堵する。それ以外は全く人に会わなかった。


食事は、パスタと野菜をゆでたり、ご飯を炊いて卵をかけたりしていた。缶詰を選ぶのさえ楽しかった。朝食には、ガスバーナー用のトースターで食パンを焼き、目玉焼きとハムやベーコン、チーズを添えた。淹れたてのコーヒーは至福の香りだった。テントサイトには水場と小さな調理場があり、トイレもきれいだった。日がな一日特にすることがない生活では、食事は重要なイベントだった。

雨も降った。テントの中で雨音を聞いたり、雨具を羽織ってその辺を散歩して過ごした。寒さと蒸し暑さから解放されていれば、森の中の雨は極めて快適だ。

何もせず、ただ川を下りをする数日は、この上なく幸せな時間だった。

3泊して4日目に、ピックアップポイントに到着した。そこでカヌーを回収してもらい、町へ戻るのだが、ここで終わるのがもったいなくなり、もう一日伸ばすことにした。最初の出発地点よりさらに上流に行って、そこからスタートし、最初の出発地でピックアップしてもらう、1泊2日の追加プランだ。

川にも慣れて快適に下っていたが、なんとピックアップポイントを見逃して、下り過ぎてしまった。上流には戻れないので、ひとまず岸に上陸して、助けを待つことにした。見回りのために、レンジャーが1日2回、モーターボートで巡回しているのだ。待つこと数時間、モーターボートがやってきた。単に休憩していると思われないように大声で叫び、救助してもらった。カヌーをそのまま置いて、ボートでピックアップポイントに送り届けてもらった。

ファンガヌイ川の源流は、トンガリロ山にある。トンガリロはその名の通り?きれいにとんがった火山である。この山のショートトレッキングもおすすめだ。