ペルー、コルカの記憶

世界で最も深い渓谷のうちの2つはペルーにある。そのうちの一つ、コルカ渓谷は深さ4,000メートルにも達し、アメリカのグランドキャニオンの2倍以上。果てしなく続く谷間は、見たこともないような花や植物に覆われ、上空をコンドルが優雅に舞う。ここには数百年前から住んでいる人々の集落がある。


ペルー南部の町アレキパに行ったのは、ある山に登りたいからだった。

どうしたわけか数日前から下痢がひどく、食べたものがほとんど液体で出てくる有様で、身体が栄養分を全く吸収しないので、体調がすぐれなかった。この調子で高山に登るのは無理だと思い、代替案としてコルカに行くことにした。

3,000メートル以下の地点なら高山病にもならないだろう。たまたま知り合った地元の山好き青年が、案内がてら一緒に行ってくれることになった。

早朝、テントと寝袋を担いで出掛けた。バスで高度3,000メール地点に行き、1,000メートルほど下って谷間を渡り、別のルートを登って戻ってくる。そんなコースだった。


下りは普通に歩けた。谷間に到達すると、しばらく平地を歩く。適当な場所を見つけてテントを張った。夕食は、小型の鍋にお湯を沸かしてインスタントラーメンを作る。しかし食べ物はやはり消化されない。体調が回復しない。とりあえず寝ることにした。


翌朝、少し歩いたところから、上り坂が始まった。すぐに息が切れ始めた。何とか登っていたが、やがて足が重くなり進めなくなった。同行していた彼が、適当な長さの木の棒を2本見つけてきて私に一本くれた。その木の棒に寄り掛かるように歩いていた。途中で彼が自分の分も私にくれ、2本使って身体を押し上げるようにして、登り続けた。

太陽が高度を増し、頭上から強烈な光を浴びせてくる。噴き出す汗をぬぐい、少しずつ水分補給をしながら、のろのろと歩き続きる。

最初はまばらに登山客の姿があったが、しばらくすると誰もいなくなった。だんだん道が荒れてきて、登山道もなくなった。畑の中を歩いたり、草むらの草を掻き分けて歩いたり、どうも様子がおかしい。道に迷ったようだった。


そのうち、体のダルさがひどくなり、少し歩いてはすぐ立ち止まるようになった。彼が私のリュックも背負ってくれることになった。背中に自分のリュック、お腹に私のリュックをかけて歩く。

荷物がなくなって身体が随分軽くなったが、やがてそれでも歩けなくなった。少し休ませて欲しい、と言って座り込んだ。蔭になるような場所もなく、太陽は容赦なく照り続ける。目をつぶって、肺から絞り出すように呼吸をする。頭がボーっとしてくる。

ふと気付くと、一緒にいた彼が消えていた。

慌てて名前を呼ぶが、返事はない。大声を振り絞って叫んでも、何の答えもなかった。

リュックの中に、パスポートもクレジットカードも現金も、すべて入れたままだった。迂闊だった。全部持って行かれてしまった。自分としたことが、これまで海外で一度もトラブルに遭ったことはなかったのに、どうして貴重品を入れたままの荷物を渡してしまったのだろう。

そもそも、どうして赤の他人を信頼してしまったのだろう。数日前に会ったばかりで、全く知らない人間じゃないか。道もないような原野に迷い込んだのは、どこかで間違ってしまったのだと思っていたが、最初から計画的にこっちに来たのかもしれない。人通りは、全くない。


自分が世界のどのあたりにいるのか、まるでわからないような状況だった。

自分の不覚さには情けなくなったが、不思議と、相手に対しては腹が立たなかった。彼はとても親切だったし、ここまで良く助けてくれた。悪い人間には思えなかった。危害を加えられたわけでもない。もしかしたら、家族が病気でお金が必要だったのかもしれない。

左手には、500MLのペットボトルを握っていた。底に2cmくらい水が残っていた。残った持ち物はそれが全て。水が少しあれば、脱水症状で死ぬこともないだろう。

暑さと疲れで頭が朦朧としていた。日差しが弱くなったら動き出そう。ここに来る前に集落があった。人が住んでいるなら、誰かのうちに泊めてもらえるかもしれない。今日は休んで、明日になったら上まで登って、市内に戻るバスに乗る。運転手に事情を話して頼み込めば、お金がなくても何とか乗せてもらえるんじゃなかろうか、などと自分に都合の良いことを考えながら、ウトウトしていた。


それからしばらく時間が経った。

ダッ、ダッ、ダッ、という音が遠くに聞こえた気がした。足音だ。誰か来る。近づいてくる。助けてもらえるか・・・

目の前に人影が止まった。見上げると、彼が立っていた。

彼は何も言わずに黙ってしゃがみ込み、後ろを向いて私を背中に乗せた。そして、そのまま私をおぶって山を登り始めた。

その瞬間、私は猛烈に後悔した。少しでも疑ったことを。背中に揺られて登っていく間、申し訳なさでいっぱいになった。

しばらく登ると、木陰が見えてきた。その下にリュックが2個、並べて置いてあった。ここからバス停までは、もうすぐだと言う。ちょっと休んで、またゆっくりと歩き始めた。

ほどなくして、ついに目的地の広場に到達した。5時間でここまで来る予定が、10時間近く要していた。乗る予定だったバスはとっくに出発してしまっていて、次のバスは夜までなかった。


日が落ちると急に寒くなりはじめ、道端に座りこんでガタガタ震えて待つ羽目になった。バス停の反対側の小さなお店で温かい野菜スープを一杯飲んだ。アレキパに戻ったのは、ほとんど夜中だった。彼は、その日の午後に予定があるから早く戻る必要があるのだと言っていた。結局私のせいですっぽかした形になったが、一言も非難めいたことは言わなかった。というより、何も言葉を発しなかった。

相当立腹しているだろうと思っていた。しかし別れ際に、またおいで、と言ってくれた。次に来た時には、登りたかった山に一緒に登ろうと。

ホテルに戻り、ベッドに倒れこんで、そのまま死んだように眠った。次の日の昼頃目が覚めると、体調は回復していた。リュックの中身は全てそのままだった。

通りに出て、登りたかった山を眺める。晴れ渡った真っ青な空に聳える、富士のようなきれいな円錐形の火山。

今じゃなくていい。また戻っておいで、山にそう言われた気がした。今回はあきらめることにした。また必ず、戻ってくる。