オーストラリア、ライトニングリッジ ~~ ブラックオパールと、カンガルーが遊ぶ森

シドニーから北西に700km、ニューサウスウェールズ州からお隣のクイーンズランド州に入る直前に、ライトニング・リッジという小さな町がある。人里離れた荒野の中にポツリとある田舎町は、高級宝石ブラックオパールを産出する場所として知られる。


宝石の石の輸入を始めて数年経った頃、ブラックオパールは結構売れ筋商品だった。オパールにはブラック、ホワイト、ボルダー、ファイアー、ブルー、ピンクなどいろいろ種類があるが、その中でもブラックオパールは傑出して美しく、価格も別格だ。

高品質の石は、深い黒と藍色の中に、赤、オレンジ、グリーン、イエローなどの光が躍るようにキラキラと輝き、角度によって色や煌き方が変わる。どれだけ眺めても飽きない魅力があった。大粒で色鮮やかなものほど、金額も高くなる。2cm程度の大きさでも数百万円することも珍しくない。もちろん、小粒で色彩が限られていれば値段はグッと安くなる。


私達はライトニング・リッジから直接ブラックオパールを仕入れていた。シドニーまで飛べばそこまで出て来てくれるのだが、たまにはこちらからドライブがてらに走ってみることもあった。

シドニーから700km超の距離は、道に慣れた地元の人間なら7時間程度で走るが、私達は途中の町で食事をしたり、お茶を飲んだりしながら、のんびりと10時間かけて行っていた。田舎の細い一本道をひたすら北上する。道路はよく整備されていた。道の両側には、延々と森が続く。ときどき、鹿がいたり、エミューやウォンバットなどオーストラリアならではの野生動物に出会ったりするのが楽しかった。

これらの動物は、夜はヘッドライトに突進してきたりして危ないので、暗くなると田舎道はなるべく運転しないようにしていた。カンガルーなどに突っ込まれでもしたら、大事故になりかねない。もしもそんな状況になったら、躊躇なく跳ね飛ばせと言われていた。さもなくばこっちの命が危ないと。アウトバックを走る車は前面に太いパイプのようなバーが付いていて、カンガルーよけの「ルーバー」などと呼ばれていた。

そうしたわけで、遠出するときは必ず早朝に出発して、夕方までに目的地に着くようにしていた。


ライトニング・リッジの取引先の事務所は町の中心にあった。中心と言っても、小さな町である。一番大きな通りが町を横切るところに、小さなビルが並び、町の中心になっていた。

近くにある採掘現場を見に行った。

ブラックオパールは、坑内掘りで採掘される。

ちなみに、同じオーストラリアでも、南部で採れるホワイトオパールは、露天掘りで、巨大な穴をオープンに掘ってどんどん広げていく。しかしここでは、アリの巣のように外からは見えない狭い通路が、地中にはりめぐらされるように広がり、その中で採掘が行われる。

まず坑道を掘る。地表からまっすぐ垂直に竪穴を掘り進んでいく。20メートルくらいのところで、オパール層に当たったと推測される地点から、今度は水平方向に掘って行く。掘り出した土は大きなバケツに入れ、上から引っ張り上げて、外に運び出される。まず少し広めの中央ホールができ、そこから四方にさらに細い道が伸びていく。

一度鉱脈を当てれば、お宝ザクザクというところだが、鉱脈に当たらなければ全く何も出てこない。運良く大量のオパールを含む鉱脈に当たれば莫大な富が手に入るだろうが、世の中そうそう期待通りになるとは限らない。


入口には梯子がかけられ、それをつたって下に降りて行く。足が底に着くと、地中のホールが見えた。中に入るとがらんとした広間で、丸太の柱が数本立っている。地盤が弱いところなので天井が落ちてこないように、つっかえ棒をするのだそうだ。掘っては立て、掘っては立てて、進めて行く。

これをケチったりサボったりすると危険である。2日前に十分な柱が立っていなかった鉱山で、いきなり天井が崩れて2人が生き埋めとなり、救助ができず犠牲になったとのこと。「気を付けてくださいね」と言われたが、ここで言われても、気を付けようがない。。。

そのまま奥に向かって進んでいくと、壁にキラキラしたものが見えた。オパールだ。掘っても売れるサイズでないものらしい。掘るときは、岩のかけらをまとめてバケツに入れて、地上に引っ張り出す。ある程度集まると、研磨作業場に運び込む。

何事もなく無事地上に出た。次に研磨作業を見にいく。施設は至って簡素。コンクリートを混ぜるようなミキサーに、掘り出した土を放り込み、水を混ぜてガラガラ回す。石と石がぶつかり合って丸みを帯びる。岩が削り取られて、きれいなオパールが残る。こうして振り分けられた石を、さらにきれいに磨いていく。

磨かれた石は、販売業者のところに持ち込まれる。そうして、私達のような海外のバイヤーの手に届けられていく。


取引先の業者は夫婦でこの仕事をしていた。再婚同士の彼らは、とても仲が良かった。仕事の後、彼らの家で夕食をご馳走になることになった。

家は少し離れた森の中にあった。ご主人が都会の喧噪を嫌うから、とのこと。あれが都会の喧噪・・・求める静かさのレベルがまるで違うのだ。

車で森の中をしばらく走り、家に着いた。彼らは自分たちの手で家を建てていた。建て始めてもう2年になるとのこと。まだ完成していなかった。中に住みながら、少しずつ作っているらしい。

良く見ると、屋根が一部しかない。雨が降らないから、屋根は後でもよいらしい。さらにトイレには、外壁がなかった、外の森に向かってオープンになっている。

思いっきり自然の中というならまだしも、ちょっとだけ隠れているというのもかえって落ち着かないが、確かに人間は全く通らない。道もないところにたまに通るのは、カンガルーくらいだった。


陽気な彼らはビールを飲むとますます饒舌になった。ビーフとポテトをたらふく食べて大いに笑った後、飲みかけのボトルを手にして庭に下りた。周りの森がすべて庭なのだ。夜の森は真っ暗で、彼らの家のランプだけが唯一の明かりだった。

星空が、とても明るく眩しかった。星が多過ぎて星座が結びつかないほどだ。町の明かりがないためでもあるが、空気が澄んでいるのだ。そのまま寝転がって、しばらく満点の星空を眺めていた。

夜まで飲んで、結局そのまま泊めてもらった。いつ頃寝入ったかの記憶がないが、朝目が覚めると、ちゃんとベッドの上だった。

奥さんがビスケットを皿に乗せ、廊下に置いた。まだ壁が出来ていないのでオープンスペースだが、壁は気が向いたら作るくらいの感覚なのだろう。ビスケットはペットの朝ごはんだという。犬もいないのに、と不思議そうな顔をすると、野生のカンガルーが毎朝遊びにくるのよ、と教えてくれた。

森の中の生活が、羨ましくなった。

Photo by Vlad Kutepov on Unsplash