私達はインド向けの旅行の仕事をしているが、インドからの訪日手配も受けている。先日、インド人グループが東京に来た時に、挨拶を兼ねて様子を見に行った。富裕層でかなり旅行慣れしている彼らは、すべての食事をインド料理屋で済ませる大多数のインド人と違い、インドカレー以外のものを食べたがった。ただし半数はベジタリアン。リクエストがバラバラでチョイスに困るので、食事はフリーにして好きな店に行ってもらうようにした。

ベジタリアンの人間は、肉食を我慢しているわけではない。味覚も違うので、そもそも食べたいと思わないということもある。宗教上の理由などで親がベジだと子供もベジで育つわけで、生まれた時から食べたことがないものを、食べたいとも思わず、また、食べ慣れないものを食べると消化しないのではないかと思う人も多い。

さて、このグループが食事を終えてみんなが集まった時に、何を食べたか聞いてみた。すると、予期せぬ答えが返ってきた。なんと「神戸ビーフ」だという。高かったがとても美味しかったとのこと。

もちろん、食べたメンバーはノンベジタリアンで、普段から肉を食べている。

ちなみにインドで「肉」と言えば、マトンかチキンである。マトンは羊でなく、ヤギが多い。南インドでは、ビーフも普通に店のメニューに乗るが、牛ではなくバッファロー=水牛が多い。ケララ州などはキリスト教徒が多いので、宗教的なタブーもなくビーフを食べる。しかし余程の高級店でない限りビーフステーキは固めで、当然ながら神戸ビーフとは比べようもない。

先のメンバーは北インド人だったので、普段ビーフは食べないはずである。何せ牛は「神様」なのだ。社会的にも極めてヨロシクない。だからこれは彼らにとって、ちょっとしたチャレンジだったのだろうと思った。

インドの社会はタブーが多い。加えて家族・一族・コミュニティーの繋がりが異常に強い。人間同志の繫がりが強く温かい反面、革新的な人間には少々息苦しいところもある。窮屈なことも多々あるだろう。

異国の地への旅行は、外の空気が吸える絶好のチャンスなのだ。彼らにもタブーを破ってみたいという気持ちがあるのでないか。何せ自国にいたら絶対にできないことを、周りの目を気にせずできるのだ。

驚いた私の「え?ビーフ食べたの?神様でしょ、食べても大丈夫なの?」との質問は、

「僕は無神論者だから」という回答であっさりと片づけられてしまった。社会的地位がある人だったが、インドでもこういう人間が増えてきたのかもしれない。時代が変わったんだろうな、きっと。

タブーに縛られないという意味では、日本在住でどっぷり日本の社会につかっているインド人には、牛肉を平気で食べる人が時々いる。刺身を食べ、日本酒を飲むツワモノもいる。

ひょっとしたらインド人の日本向けツアーで、焼肉屋入りプランが人気になるかもしれない。